2006年03月21日

説明と言葉と

「法律では○○となってるので××となる」
という説明はそれほど難しくはないかもしれません。
しかし、当然ですがなぜそうなるのかをしっかり説明することは
難しいものです。
それが出来るように勉強に励んでいるわけですが。


よくいわれるように、難しいことを簡単に(明快に)説明できる
ということが理解していること/明晰であることの証だとされています。
法律家が相手をするのはもちろん法律家なんですが、同じくらいに
「普通の人」とも接するわけです。
ましてやこれからは裁判員だなんだと始まるわけですしね。

とある授業でも、答えようとする生徒にもう少し普通の言葉で、
なんていうやり取りもあったと記憶しています。

個人的な思い込みですが、言葉というのは一つの体系としてみたときに
それがその世界を見る視点として機能していると考えていますので、
簡単に別の言葉で置き換えることができない、というのはあるとおもいます。

また、わかりやすく説明しようとすると、わかりやすいところだけを
説明してしまうということにもなりがちです。
(報道なんかではよくその弊害は出てますよね)

かといって、またある先生の話ですが、弁護士になりたての人が
依頼者に説明するのにいきなり「○○先生の説では・・・」という
説明をしだした、という話がありました。
さすがにこれは極端ではありますが、このへんいろいろと思うところが
ありますねぇ。


自分もたまに法律とはあまり関わりのない友人などに説明する
機会があったりするんですが、これがなかなかうまくいかないものでして。

以前喫茶店でその手の話をしてて自分でもこれ微妙な説明だなぁと
思ってたんですが、帰り際に振り返ると、後ろの席の客が
二人して法律の教科書を広げている、といういわくいい難い状況に
遭遇しました。
あの二人はいったいどういう気分だったのだろうかと。


あと、なぜ学校や予備校以外のところで法律の本を読んでたりする人に
出会うと残念というか切ないというかいたたまれない気分になるんでしょう。


posted by Livingdead at 22:32| Comment(1) | TrackBack(0) | 法科大学院 2年目冬 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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